月の詩
十七歳隔離区域
第十三章  「Mutter」
1

ツーの足取りは重かった。

Realに車の操作方法を教え、彼を見送り自分はノーネームの集会場へ向かう。
その足取りが重かった。

そこで彼は自分たちのリーダーの不在の意味を皆に伝えなくてはならない。
幾人かはこの傷ついた自分達の状態を見て悟っているだろう。それでも…。

ーーーこの真実を伝える事はあまりにも重い。

正直、昨日は眠れなかった。
悔しさと、虚脱感と、傷の痛みと、心の痛み。
こんなに辛いのはきっと生まれて初めてだろう。足りない頭を必死に回して彼女の死をどんな言葉で告げればいいのか…。散々考えたが、結局大した言葉は浮かばなかった。

カツッ。

無情にも片足が集会場に入る。思考とは裏腹な現実。
集会場には10人の「使徒」が待っていた。

1番目(教祖)と13番目(ユダ)はいない。

今、思う気持ちを全て語ろう。真実を包み隠さず語ろう。
まずは、それからだ。
ツーは今一歩足を進める。少しだけ力強く。虚勢を張るように。

* * *    * * *    * * *

「チッ!」

電王は何度目かの舌打ちをする。幾度となく出るエラーメッセージにいい加減、嫌気が差してきた。

「大体、名前自体が偽名だってのに、どっから探しゃいいんだっつーの。」

住民票さえ偽名なのだ。天宮和彦本人だって言ってたじゃないか。私生児だってコト以外何がわかった?って。遡ったって何も出て来やしない。戸籍上は親もなく生まれた男。大体年齢も本当に同世代なのかと疑りたくなる。偽名に意味でもあるのかといろいろ試したが、結局エラーメッセージをただひたすらに眺めるだけだ。

最後に試した「天和」という麻雀の役の名前で何かわからないかと調べたがそれも結びつくヒントにはならなかった。

元々調べなければいけない事でもない。頼まれたと言ってもこれは好奇心の範疇だ。解りませんでしたでもいいんじゃないのか。電王は諦めムードでそんなことを投げやりに思う。
あいつだって「そっか。」って言ってきっとそれで終りだろう。

「やめた。やめた。」

そう言ってウインドウの終了をすると、端末に立ち上げっぱなしにしていたハッキングによって得た見慣れた隔離区域の観察データのウインドウが表示された。

「…まさか…。灯台下暗しってやつ?」

そう言うと今まで反り返ってやる気のない態度をとっていた電王は前かがみになり端末を物凄いスピードで処理しだした。

* * *    * * *    * * *

「皆に伝えなくてはならないことがある。とても残念な報告だ。」

ツーは集会に集まった皆から視線をそらさず、毅然とした態度でそう語りだした。誰かが小声で「やっぱりそうか…」と呟いたのが聞こえた。

「…昨日の事だが、我がチームのリーダーは解放日であった。リーダーの希望で護衛についたのは俺とRealの二人だった。残念ながらリーダーは我々の力が及ばず…。」
そこまで語るとツーは唇を噛みしめた。血が滲む程に強く。

「…あいつは?Realはどうしたの?昨日は一緒にいたでしょ?」

ツーの詰まった言葉の先は聞かないでも解る。辛いことをわざわざ口にする必要もない。そう思いギーは話題をすり替えた。

「Realは別件で動いてもらっている。しばらくは此処には戻ってこないだろう。」
「まさか…一人で報復に行ったワケじゃないだろうな?しくじればこっちにまで飛び火する問題だぞ!」
誰かが叫んだ。
辺り一帯に動揺が伝染する。

「リーダーからの遺言だ!このチームは俺の統括にシフトする。5時間後にチームに残る者はもう一度ここに来てくれ。」
Realの件には触れずにツーは少し声を張ってその場を逃げるように後にした。

2

5時間後集会場に集まったのは7人だった。
ツーを合わせて8人。3人はこのノーネームを離れて行ったことになる。

ーーー仕方ないか。

ツーはため息を飲み込み7人を一人ずつ見やり静かにこう呟いた。

「…ありがとう。」

* * *    * * *    * * *

「灯台下暗しってヤツか!?」

そう呟くと電王は端末を操作し始めた。開いたのは隔離区域の居住者のページ。そこから親族の情報に遡ることが出来る。しかし、やはりそこでも「天宮和彦」の親族欄は「no data」の表示だった。

「…。」

しばらく考えた後、電王はそこからコマンド入力場面を開き英数字の羅列を無数に入力する。
何度かのエラーダイヤログの表示の後、パスワード入力画面のウィンドウが開いた。

「やっぱり此処にあったのか。」

逆転の発想だった。日本のどこの情報を探しても載っていない。なら隔離区域の情報ならどうなのか。

その試みは思いのほか、上手く行った。あとはこのパスワードさえ看破できれば問題ない。
それ自体は電王の開発した「パスワード・クラッカー」を使えば時間の問題だった。
ソフトウエアが起動し、数字の羅列を自動入力していく。

10分程度の後、パスワードは認証されログイン画面が表示される。

「ヒャハッ!…さてと…。何者だよ。天宮和彦〜?」

開かれた天宮和彦の「真実」。
電王はしばし、言葉を失った後に引きつった顔でこう呟いた。

「…マジかよ。」

* * *    * * *    * * *

Realはリーダーから譲り受けた拳銃を片手に、レッドキャップスの居住区から少し離れた場所に座り込んでいた。

「…。」

リボルバーに装填されている弾薬の数を確認しようとフレームからリボルバーをスライドさせる。

弾倉は6つスタンダードなタイプの回転式拳銃だ装填されている弾丸も6つ全て装填されている。リーダーが一度もこの拳銃を使わなかったのか、それとも俺に渡すために全て弾丸をつめてくれたのか…今は確認する術はないが…6発あればなんとかなるだろう。

Realはそんな事を考えながらリボルバーをフレームに戻す。

「さて…」と言いながら腰を上げ拳銃をズボンに押し込む。

大きく一度息を吸い込み、吐きだした後、こう呟いた。

「…いこうか。」