月の詩
十七歳隔離区域
第三十一章  「同日同刻 op.2 錯綜する星条旗」
1

「…はい。…はい。…わかりました。…直ちに撤収作業に入ります」
そう喋りながら頭を下げる男は、白髪まじりの髪の毛をキレイにセットし、インテリを伺わせる銀縁眼鏡をかけ、白衣を纏った第一印象を言葉で表せばまさに「博士」という言葉がしっくりとくるような風体だ。
その「博士風」の男は手短な用件を終えた電話を切るとため息をついて辺りを見回した。
「ホワイトハウスに、各国の首脳や外交官からひっきりなしに電話がかかっているそうだ、向こうで対応するのも限界だそうだから、ここもいよいよ撤収だそうだ。一切の痕跡も残すことを許さんとお上はカンカンだ」
辺りの人間に聞こえるように音量を上げた声でそう報告をする。

「やれやれ、やっとID070814の面白いデータが取れそうだったのにのぅ…」
博士風の男の言葉にため息まじりで初老の男がそう呟く。よく見ればこの男も同様に白衣に身を包んでいた。見渡せば12人の白衣の人間がその一室にはひしめいていた。
ここは米国軍のレベル4の軍事研究施設。その存在は巧みに隠蔽され、研究内容どころか研究機関自体があることさえ公にされたことはない。余談ではあるがステルス機を開発したのもこのレベル4軍事研究施設であり、一般的には存在は公表されてはいないものの、その研究成果に対しては多くの成果を上げていたため、軍部でも大きな力を有していた。
ペンタゴン内部でもレベル4は治外法権という言葉がまかり通る研究施設。そこには同胞にさえイカレていると罵られるような研究者達が軒を連ねていた。

「今回はいささかやりすぎましたかね?」
笑いながら一人の研究者がそう呟く。
「査問委員会行きは決定って所でしょうな」
その研究者に応えるでもなく、別の研究者がそう、言葉を吐き出す。
「査問委員会程度で済めばいいがの…下手をすれば軍法会議にかけられるやもしれん」
「そうなったらいよいよこの「レベル4機関」も解体ですかね」
「やりたい研究も思うようにできんくなるのぉ…」
誰彼ともなく続く愚痴のような会話。それは利己的で「正常な人間」が聴いていれば不快感を覚えるような内容であったが、12人の研究者達は笑みを交えながらそんな会話をさも当たり前のように続けていた。

「まぁ…しかし、今はこれ以上お上の機嫌を損なわないことだ。監視衛星も破棄しろと言われたよ」
そういうと電話に出ていた白髪まじりの研究者は自分のデスクの端末の横にもうけられた機器の中にある黄色と黒の縞模様で囲まれた枠の中にある厳重にガラスで覆われたボタンを押した。
するとパトランプが点灯し、警告音が鳴り響く。
「衛星爆破までのこり1時間だ。それまでに撤収を完了するように。くれぐれも痕跡を残さぬよう一切を破棄だ。いいな?」
「やれやれ…」
そう悪態とも取れるボヤキと共に研究者達は重い腰を上げ、撤収へと準備し出した。

2


同日同刻。
隔離区域進行中の軍隊達にも連絡が入る。
連絡の内容を聞いたベイガー中尉は舌打ちをして不機嫌そうな顔を覗かす。だが、その後待機していた2小隊の連絡を続けざまに受けると今度は口の端をつり上げ、ウルフ隊の通信班の人間に全回線を開くように命じる。
「今、上からのお達しが入った。欧米の人権派の連中がこっちに現状把握の為に人を回しているそうだ。早けりゃ5時間以内に此処まで来ちまうらしい。よって本作戦は短期掃討作戦へと移行する!目標は残り3時間以内での敵の壊滅及び撤収だ!
時間的に困難とも思われるが、朗報もある。待機部隊が無線通信の信号を確認した。発信元に敵本部があると思われる。A-7地区だ!我々ウルフ隊はこれより敵本部の制圧に入りその後、敵残数及び潜伏場所などの掌握に入る。各自はウルフ隊からの指示があるまで侵攻を進めろ!もちろん今までよりも迅速にだ!」
そう命令を告げると、ベイガー中尉は一方的に回線を閉じた。
続けざまに、今度はウルフ隊の人間に指示を出す。
「おい、お前っ!通信班のお前だよ!待機班に連絡とって敵の回線がジャミング出来るか確認しておけ!出来るんだったらいつから出来るのかもな!」
そう指示を出すと、武器を改めて装備し直して、前を見据える。
「よーし、お前ら!ぶっ潰しに行くぞっ!!」
そう叫び部隊の指揮を煽るとA-7地区に向けて駆け出した。

「ようやく、敵の頭を見つけたぜ!これでトラップとのつまらねー侵攻から、やっと待ちに待った人同士の戦争って訳だ!! 」
そう卑下た野蛮な笑みと共に呟く。

ベイガー中尉率いるウルフ部隊はA-7地区への侵攻を開始した。