月の詩
十七歳隔離区域
第四章  「ガレキのキリスト」
1

メトロの配電室。
その扉を開けると、その中は思い描いた風景とは異なっていた。
その一室に機械はなく、閑散と広がる空間。
幾人もの人がフードをかぶりロウソクを手に持つ。
その前にはうずたかく積み上げられた機械の山。この一室に隙間なくあったはずの機械はそこに積み上げられていた…。
機械の山の頂上にはコンクリートを太い鎖で縛り上げた十字架。白骨化した死体がくくりつけられている。

「えっと…ここ何?」

さすがに彼もその異様な雰囲気にあっけにとられる。

「あぁ!ノーネームのリーダーじゃないですか…。お久しぶりです。そうですか、今日は新入居者の日でしたか。」
自分達の存在に気づいた中央にいた一人の男がこちらに歩みを進めて来る。他の者達はそれに興味も示さず、俯いてただ、ただ何かを呟いていた。

「今回は彼一人だけどね。最近はレッドキャプスの勢いが増しててルーキーがなかなか残らないのよ…。」

「そうですか…。外界のことはほとんど解りませんが…嘆かわしいことです。」
男はそういいながら祈りのポーズをとる。

「ねぇ…りっちゃん…んで、ここいったい何なのよ?」
当たり前のように続く会話に彼が痺れを切らし割って入る。

「彼はここの教祖様。みんなには「牧師」って言われてるわ。」

「はじめまして、今日ここまで来る間、大変だったでしょう。でも、もう大丈夫ですよ。ここには安息があります。自給自足の生活も送れるようになったので、物資の心配もいりません。貧しい生活には違いありませんが、安らぎがある世界ですよ。」

「…つまりそういうこと?」

「そ。そういうこと。」

牧師の自己紹介を聞き流しながら彼はリーダーとそんな主語のないやり取りを続ける。

「大丈夫ですよ。皆、最初はここに戸惑う…仕方ありません。これが神が我々に与えた試練なのです。まずは我らが神から洗礼を受けましょう。そしてあなたの新しい名前…エンジェルネームを受けるのです…。」

「いや…俺、そーゆーのはちょっと…」
彼は苦笑いを浮かべ両手で降参のポーズを作る。

「恐れなくていいのです。神託はそんな難しものでは…」

「だーかーらー…。」
牧師の言葉を遮るように彼が声を強めて、言葉を発した。

2

「だーかーらー…。」
牧師の言葉を彼はそう遮る。

「ちゃんと全部言わないとわかんない?お宅の立場が危うくなると思うけど…?」
うつむきながらも目線だけを牧師に向ける…。その口調は穏やかだが眼光の鋭さは先のそれよりも増していた。

「ど…どういう事ですかね…。君の言ってる意味がわかりませんが…。」
牧師はとぼけてみせるが、その同様は隠しきれていない。
すると彼は十字架に掲げられた白骨死体を指差した。

「…あれ。」

「御神体が何か?」

「…あんたの知り合いでしょ?」

「!!」

牧師の顔がこわばる。
「…頭蓋の陥没骨折。あれは外傷だよ。あんたがここの教祖ならあの死体がどうして撲殺されたか知ってる筈だ。…まぁ、俺にはどうでもいい事だけどね。もともと宗教には興味ないし、あんたにとやかく問いつめる筋合いも無いけど…俺個人の感覚から言わしてもらえば、人殺しの教祖様にはついていけませんってワケ。OK?」

そういうと、彼は教祖の肩を叩き踵を返す。

「りっちゃん。ギー。もういいだろ?行こう。」
彼がリーダーとギーにそう則す。

「…ここを出ていっても何も変わりやしない…私たちが正しいのだ…。ここは地獄…仮に外へ出れたとしてもそこも地獄でしかない…」
牧師が絞り出すようにそう言い捨てる。

「…その可能性は俺も考えてた。」
彼は歩みを止め、しかし振り返らずにそう応える。

「ここは全て観られているんだよ!我々の自由は地下しかないんだ!!」
牧師が今までの平静が嘘のように取り乱し、声を荒げる。

「ちょっと…どういうこと?」
リーダーも何のことかわからないと言った様子だ。
辺りの「信者」たちもざわめきはじめた。おそらくその事実まで至ったものはここには牧師しかいないのだろう。
しかし、そんな牧師の話を平然と受け止める者もいた…彼だ。

「りっちゃんがここに来たとき、一緒に入った誕生月が同じ人間って何人だったか覚えてる?」
リーダーの質問に彼は質問で返す。

「…どうだろう…。20人は居なかったと思うわ。」
リーダーも自分の質問に答えてもらえないことへの不満を漏らす訳でもなくそう答えた。

「俺の時は11人だった…。」
彼の考察がはじまる。

3

少し垂れ目の穏やかな顔立ち。
どちらかと言えば体育系というよも文科系な容姿。
つかみ所のない飄々とした雰囲気を持つ、つい先ほど「入居」したばかりの十七歳。

あたりにはおよそ20人ほどの先輩方がいる中、彼はその中心にいた。
「俺が入った時の人数は11人。」
彼の考察がはじまる。

「…11人って数字…どう思う?単純におかしくない?日本の全人口で同じ誕生月の人間が11人ってそんなわけないでしょ?
それに、あの厳重体勢。最初は入居前に騒動を起こすヤツがいるから、その鎮圧の為とも思ったけど…物々しすぎるんだよね。
つまり、軍人たちは中の様子を把握していて、レッドキャップスみたいなやつらの暴動に対処するための人員ってことになる。」

彼の順序立てた説明にあたりのどよめきが増す。

「んで、こっからは完全に推測になるんだけど…選抜された十七歳がどんな人間なのか?って部分。
断言してもいいけど、ここにいる人間の両親のどちらか、あるいは血縁に近しい人間が刑法に触れたことのある人間だよ。」

「!!」

さすがに、この言葉には全員が顔をこわばらせた。
リーダーもギーも、そして牧師もその言葉に思い当たる節のある顔をしていた。

「意図的に作られた閉鎖空間。秩序の無い状態からスタートさせその経過を外から見る…多分隔離壁にカメラでもついてんじゃないかなぁ。衛星で見ているってのもあるかもだけど。んで、ある時牧師様はその監視されている事実を知ってしまう。…だろ?」
牧師の顔はもはや血の気が完全にひいて青ざめていた。

きっかけは些細なことだった。空輸される食料は勢力の強いグループに奪われ、力の弱い者達はなかなかそれを得る事はできない。牧師と磔の彼は二人だけで行動していた。物資も底を尽きそうなある日、磔の彼は一人飢えから残りの食料に手を出してしまう。気づいた牧師ともみ合いになり、そして牧師は護身用に持ち歩いていた鉄パイプで彼を殴った。
鈍い音。ひしゃけた彼の顔。手に伝わる言葉にできない感触。
それを思い出し震える腕を必死に押さえ牧師は声を絞り出す。

「お前はいったい何者なんだ…!!」

牧師の声がかつては配電室であった「教会」に響く。

「あんたと同じ犯罪者の息子だよ。」
彼はさらりと受け流すようにそう答える。

「…ねぇ…。解決できていない問題が一つあるわ…」
リーダーが会話が途切れたのを見計らって割って入った。

「犯罪者の子供を隔離して何をしようって言うの?この隔離区域の目的って一体なんなの?」
リーダーの問い、ギーもそれが知りたかったかのような眼差しを彼に送る。
彼は頭を掻きながらやや面倒臭そうに答え出す。

「うーん。カードは結構見えてると思うけどね。「犯罪者の子供」「認証番号」「監視」「隔離」「無秩序空間」必然的とも言える「抗争」と「殺人」。外から見てる理由なんて限られてるくない?」

「まさか…!!「観戦」してるとでも言うの!?」

「りっちゃん、惜しい!その選択肢は俺も考えたけど一番しっくりくる答えは多分「観察」。
例えば人殺しの子供は秩序のない空間に放置した場合、やはり人を殺すのか?ってね。
犯罪遺伝子の研究でもしてるんじゃないかなぁ。
だから、ここで暴れてたヤツ等は多分、「そと」に出ても自由はないだろうね。
下手すりゃ脳みそスライスされて標本になってるかも…。そー考えると怖い。怖い。」

本心からとはとても思えない、恐怖のジェスチャー。しかしそんな彼の態度とは裏腹に周囲に与えた衝撃は相当なものであった。
あたりを沈黙が支配する…そこに漂うのは愕然とする虚脱感…。

「…って…くれ。」
牧師の口がかすかに動く。

「ここから出て行ってくれ…。君は危険すぎる!」
彼を見る牧師には明らかな恐怖が浮かび上がっていた。

「言われなくても出て行くよ。もともとここに留まる気は無いって言ったっしょ?俺はアンタみたいに未来のない人間じゃないからね…。
行こ。りっちゃん。ギー。」

そう二人を即し、彼らは「教会」を後にした。
しばらく歩くと牧師の叫び声とも笑い声とも取れる形容しがたいうめき声が教会から響いていた。

リーダーもギーも振り返り配電室の扉を見やる。

ただ一人、彼だけは振り返ることなく歩き進んでいた。