月の詩
十七歳隔離区域
第六章  「13番目のユダ」
1

ノーネームのホームに戻った頃にはそこにある合っているかどうか解らないが一応、時を刻んでいる壁掛けの時計は8時を回っていた。

「9時には集会だから。場所はギーに聞いて。Realの紹介もあるからサボらないでちゃんと来なさいよ。」

どうやら一連の行動でリーダーはRealの人物像を性格に把握したようだ。
さすがリーダーをやるだけのことはある。
Realはそう心でつぶやき苦笑いを浮かべた。

「私は、ちょっと見回りに行ってくるわ。レッドキャップスもそろそろ落ち着いたころだし、他のルーキーも生きてるかもしれないからね。」

「りっちゃん…気をつけてよ。あそこは…」

「わかってるわ。危険なのは百も承知よ。無理はしないから大丈夫。それじゃ、9時にね。」

ギーの忠告に手を振りリーダーは去る。

その後、ギーとRealは二人で他愛の無い話をつづけた。お互いの手の内を見せない表面上だけの当たり障りの無い会話。それでも時間は過ぎ8時50分。

「そろそろ行こうか。」

「…ん。」

Realの気のない返事。リーダーの言う通り彼は大勢の人間と群れることは苦手だった。できれば自分を自分と認識する事の出来る人間は少ない方がいい。そう思っていた。そうやって生きていた。

「りっちゃん…怒ると怖いんだよ。」
「…わかったよ」

ギーの催促にようやく重い腰を上げる。

「なぁ…。ギー?」
「ん?」

歩きながら不意にRealが話しかける。

「ノーネームは全部で何人いるんだ。」
「Realを入れて13人。」
「…俺は13番目か…。ユダ(裏切り者)のポジションだな。」
「え?」

Realの言葉にギーが歩みを止め、Realを見やった。

「…冗談だよ。行こう案内してくれ。」

ギーの肩をポンっと叩く。

「…あぁ…。」

ギーは一抹の不安に襲われていた。何気ない冗談。確かにRealには深い意味を持たない言葉だったのかもしれない。しかし、Realは普通とは違った。ここに来て数時間の人間が全てのカラクリを言い当て、リーダーからの信頼を得た。
実際、ギー自信もRealには可能性を…泡沫の期待を持っていた。いや、いつの間にか持たされていた。

本当に冗談だったのだろうか?

一本道を先へと進むRealに一抹の不安を覚える。光源の無い道でまるで闇に溶けて行くようなRealへの不安。

「ギー。はやく案内してくんないと行くの辞めちゃうよ?」

「あぁ!ごめん。ごめん!今行くよ!!」

闇に溶けていくRealを見失わないようにギーは後を追いかけた。

2

「遅いぞ!早く来いっ!」
集合場所に付くと、もう全員が集合している様子だった。

「…やべっ。りっちゃん怒ると恐いから急ごっ!Real。」
そういってギーは小走りで皆の方へ駆け寄る。
Realはというと、自分のペースを崩さずゆっくりと歩いていた。
「………」

一人の男がRealの方へ歩み寄る。長身で筋肉質、眼光は鋭く威厳に満ちていた。

「…おい新入り。あんまりハネるなよ…。このチームにはチームのルールがある、従えないなら淘汰することになる。」
「…あんたが「ツー」って人?」
「なぜ、そう思う?」
「ツーって名前から察するにノーネームのNo.2だから「ツー」でしょ?…んで、あんたこの中じゃ一番偉そうだったから。」
「…いい目をしてるな…。」
「そう?垂れ目の糸目だから、目を褒められたことあんまりないけど?」

飄々としているクセに物事の確信はついてきやがる…それでいてこの態度…どこまで本気で話しているのか…腹の底の知れないヤツだな…。
Realのつかみ所のない態度をツーは冷静にそう分析する。

「大丈夫だよ…」

Realが不意にツーの心を見透かしたかのようにそう言葉を発する。

「何が大丈夫なんだ?」

ツーもノーネームでNo.2のポジションを構えている人間だ。そう簡単には「底」は見せない。動じずそう質問する。

「…あんたのポジション…奪う気はないから。」

「!!」

Realの言葉に不意に右の眉が釣り上がってしまったことが自分でもわかる。「…これは確信だ。…この男は危険すぎる。」その思考と共に、ツーの目に殺気が篭る。

「はいはい。そこ!会った側からもめないで!」
リーダーが二人に割って入りその場を収めた。

その後は、なんの滞りもなく、集会が行われた。今回の食料調達のこと、領土と他チームの勢力について、そしてRealがチームに所属することになった紹介。
ただ、リーダーがRealに一言を求めた際、彼が「特に何もないです。」とだけしか話さなかったことにツーのみならず他のチームの人間もRealに反感とまでは行かないにしろ、何か違和感を感じていた。

集会が終った後、帰路。来たときと同じようにギーと帰っていたReal。
その道程の先に射すような目線を放つツーがいた。

3

「足…はやいんスねぇ。」

ツーから向けられる敵意にも似た視線を受け流すようにRealはそう言葉を発する。

「リーダーは貴様のことを相当買っているみたいだがな…」
そうつぶやきながらツーはRealへと歩み寄る。
「…俺は貴様を危険分子だと判断する!」

Realに対峙するツー。一触即発の雰囲気が立ちこめる。ギーは言葉を発することも出来ずただ息を飲んだ。

「貴様は俺たちより遥かに「先」を見ている…。何を企んでいるんだ?このチームは…この秩序は…貴様に壊させる訳にはいかない。」
ツーからの宣戦布告とも取れる声明。

「…何もする気はないよ。ただ何事もなく、一年が過ぎれば無罪放免でしょ?動かざること山の如しってね。…あ、ちょっと違うかな?」
「…貴様は「そこ」まで解っていながら、何もしないというのか?「そこ」まで解っていながら蜂起しないと言うのか!?」

ツーにとっては予想外の答えだったのであろう。彼もNo.2を名のる人間だ、それなりに人を見る目はある。無論、洞察力もそれなりに備わっていると思っている。

人間は嘘をつけない生き物だ。嘘をつけば必ず眼球が左上に泳ぐ。しかし、Realはと言うと全く眼球運動すらなかった。ただこちらを見据え、そう言い放ったのだ。
さすがのツーも、彼の心底が読めず声を荒げた。

「…脚光を浴びちゃうとね…上がっちゃうんだよ。俺、緊張しーだからね。」
そう、薄笑いを浮かべるReal。
「…アンタの副官としてのポジションから来る気苦労には同情するよ、まぁ…せいぜい「バンガッテ」よ…。」
そう話に区切りをつけツーと別れようとする。

「まて…!」
ツーは納得が行く訳が無い。Realの肩をつかみ、こっちを向けと言わんばかりに力を込めた。
「…しつこい人だなぁ…。どうでもいいって言ってるっしょ?」
総毛立った。

Realから向けられたその視線は、先ほどまでのそれでは無かった。ツーほどの男が恐怖し総毛立つ程の感覚を覚える視線。

ーーーーー敵意でない殺意。

言葉を発せずにいるツーの手を振りほどきRealは先を歩き出す。

「………」

二人のやり取りを見ていたギーは思った。「Realはきっと嘘つきだ。」脚光を浴びたくない?今までの彼の台詞はどうっだった?メトロの教祖のところでも、先刻の集会にしても、そしてたった今この瞬間にさえ、彼が目立たない存在な訳が無かった。

「…俺は13番目か…。ユダ(裏切り者)のポジションだな。」

不意にRealの言葉が脳裏をよぎる…。