月の詩
十七歳隔離区域
第八章  「Cat & dog」
1

頭を掻きながらもそもそと通路を徘徊する男…Realだ。

ーーー寝付けない。

そりゃ、あんなお願いされたら目も冴えるっつー話だよ。明日までの短時間でどれだけ手が打てる?どれだけの情報が得られる?
無事に「此処」から出す…容易なことではない筈だ。入る時でさへあれだけ苦労したのだから…。

ぐるぐると止めども尽きない思考が脳内を張り巡らす。結論を出すにはその情報量はあまりにも少なく…その逆もまた然り。

完全に「詰み」の状態の思考を少しでも違う方向へ向けることが出来ないか。そんな心持ちで深夜の通路を徘徊していた。

ーーーてか…。

「俺にも…人間らしい感情って、ちゃんとあるんだな…。」

思わず発してしまった言葉に、自嘲気味な笑みがこぼれる…。いや、笑ったのはそう結論づけた思考にだったのかもしれない。
そんな自問自答のような問答を繰り返しながら歩いていると、左手のフロアから明かりが漏れているのに気付く。

「…こんな時間にまだ起きてるやつがいるのか…。」

そう呟き、深く考えずRealはその明かりの漏れるフロアを覗きも込む。

「…深夜一時以降の外出は「ルール」によって禁止されている。貴様は今日来たばかりだと言うのにそんな簡単な「ルール」さへ、守ることが出来ないのか?」

ツーの部屋だった。あからさまに「覗いて失敗した」という顔をするReal。

「…なんのようだ?」

「…火…持ってない?」

少し間の抜けた、噛み合ないトーク。そして一瞬の間。
ツーは自室の机いっぱいに地図を広げていた。隔離区域の図面であることは見てすぐに解った。コンクリートの壁に囲まれた街。

「あぁ…明日のりっちゃん脱出の段取り?」

「やはり、もう一人は貴様だったのか。」

「んで、ツーさんのプランは?
俺、ここに来たばっかだから脱出までの詳細な段取り把握してないんだよね。軍人のマニュアル通りの台詞聞いただけだし…。」

「…。」

「おせーて。俺も頼まれたからには、ちゃんとやりたいから。」

「…。解放の時刻は正午。貴様も解っているだろうが、新人の入居の前に解放者への開門が行われる。」

「そうか…。まず解放が先ね…。んで、解放までの時間はどれくらい?」
「解放者確認の時間は正午から30分だ。それ以降は担当の軍人は再び壁の外に戻る。」
「…なるほどね。」

唇を手でなぞりながら、思惑をしている素振りを見せるReal。ツーは次の台詞を黙って待っている。

「あのさ…」

Realが暫くの沈黙の後、言葉を紡いだ。

「ツーさんは火…持ってないの…?」
「………。」

ほとほとコイツとは馬が合いそうにない。そんなことを思いながらツーは自室の棚からライターを取り出した。

2

煙草を燻らせながらゆっくりと考察を開始するReal。

「入居日は月に一回だったよね。確か…。ってことは今日が入居日だったから明日は入居者は出てこないのか…う〜ん。例えばツーさんはどんな脱出プランを持ってるの?」

「…俺は過去に二度、外に出してやったことがある。その時と同じ方法でやっていく。経験はある…パニックにも極力ならずにやれる筈だ。」
「うん…。で、その方法って?」

「ここから、地上に出る。」

ツーが地図の一ヶ所を指で指す。

「ここが「出口」から一番近い場所だ。幸い三方向を壁に囲まれているから、襲われても囲まれることはない。袋小路で狭い道だ。襲いかかって着ても一度に来れるのは、せいぜい二人くらいしか通れない道だ。それぐらいならなんとか出来る。行動開始時間は開門の10分前だ。それ以上遅いとトラブルに巻き込まれた時、脱出時間に間に合わない可能性が高い。ここからならトラブルが無ければ走って10分程度で開閉口に辿り着ける。はやすぎては襲われる可能性も上がるしな。時間的にはこのぐらいが限界だろう。」

「今までその手法でトライした回数は?」

「…今回で6回目になる。」

「りっちゃんが成功してやっと、50%=50%かぁ…」

そう最後に言葉を発するとRealは考察に専念する方法を選んだ。
襲ってくる武闘派はレッドキャップスだけなのだろうか。…何度目と何度目に成功したのかは解らないがおそらくこの方法で脱出できたのは最初の2回だろう…。今回もそこから来る…そう読まれていて間違いない筈だ。後は…脱出方法。
きっと、軍人が立っていてそいつに言えば脱出出来る。そういった類いの脱出では無いはずだ。それなら、出やすいし、レッドキャップスも手を出しにくい筈だ。そうなると脱出方法はおそらく、あの「囚人服」のIDと指紋、もしくは顔の照合。そこで承認されるまで時間を停めることになる。
ベストは見つからないように…だがそれが最も難しい方法と言えるな…。さて…どうしたものかな…。

「…何かイイ答えが思いついたか?」

ツーがRealが思考を終えたのを見計らって声をかける。

「う〜ん。難しいね。犠牲を出していいって選択肢があればもうちょっと考えやすいんだけど。あっ、でもツーさんの作戦はとりあえずナシね。」

「なっ…」

そう、ツーを切り捨てると再び考察に入る。
まず、揃えなきゃいけない情報は敵の正確な数。レッドキャップスだけが命を狙うのかどうかも明確にしておきたい。脱出のシステムも確認が必要だ。この辺はツーに聴けばどうにでもなる。
あとは…道具がどれくらい揃うかだな…。自分の考える方法で脱出させるなら道具が必須だ。いったいどれだけのものが揃うだろう。時間はどれくらいある?動けるところから動いてしらみつぶしに揃えれるものから揃えて行くしかないか…。ただ「アレ」だけはどうしても必要になるな。確実になんとかしないと…。

「…おい!貴様!黙っていないで理由を説明しろ!俺のプランの何が駄目だというんだ!!」
思考を切った途端にツーの怒鳴り声が耳に入ってきた。きっとさっきか
らずっと同じような趣旨の言葉を吐き続けていたのだろう。

「…っさいなぁ。今考え事してたの。」

「…コイツ…。」

ツーは「この男を理解することなんて多分一生かかっても無理だ」そう思った。しかし、彼は不思議にもその先の言い争いになることを避けたようにも思える。あれだけがなり声を上げていた彼が、Realが思考を停止するまで、今度は耐えたのだ。
Realに対する期待感からなのか特殊性からなのかはわからないが、ツーもまた、Realに何かしらの可能性を感じていたのかも知れない。
そう、それが例え無意識の感覚としても…。

「よし。」

Realが小さく頷いて顔をあげた。