1
午前11時30分。
開門をする扉から3つ目に近いマンホールのフタが少しだけ空く。
そこから飛び込んでくる空は青く。雲は無い。
音を立てないようにゆっくりとフタを全て開け少し頭を覗かす。
幸い、此処は包囲されていなかったようだ。
「…ツイてる。」
そう、言葉を短く発しそこから身体を出す。
黒い毛布でマントのように身を包んだその人は、開門の場所まで一気に走り出した…「一人」で。
幸いなことに開門口までトラブルもなく無事に着いた。
出るときに渡された腕時計を見ると午前11時53分。
このまま後7分を無事に過ごせれば。そんなことを考えながら時計の経過を待つ。
一分経つのがこれほど長く感じることはこの先きっと無いだろう。
焦る気持ちと裏腹にそんな自分を冷静に見つめる自分が混在するなんとも不思議な気分だった。
時刻はやっと午前11時54分。
「なんだ『ナギサ』…、独りでお供も無しか?」
「…!!」
声のした方を見やると赤の集団。数はざっと30。…レッドキャップスだ。
「…あと5分ちょっとでその扉が開く。今日はお前の誕生日だったなぁ。忘れないで覚えていたぜ?いい彼氏だろ?俺を置いて出ていくのかよ?俺から勝手に離れて、ココからも勝手に出ていくのか?俺をまた置いて!!」
「…。」
意にかえさず。そんな様子で腕時計ばかりを見る。
「はっ!俺とは会話する気もないってか?だがなっ!お前はココから出たかったら俺の話を聴くしかないんだよ!俺の言うことを聴くしか無いんだよ!!今じゃ俺がココのボスだ!逆らうやつなんていねぇ!死んじまうからな!!
出たいのかよ?ん?なぁ!ナギサ!!
出して欲しいなら土下座してみろよ!俺に命請いをしてみろよ!!」
午前11時56分。まだ時間はある。
マントの人物は、跪いて頭を垂れた。
「ハハハハッ!いい様だぜ?俺をひっぱたいて離れていったお前が今度は俺に土下座して離れて行くってか!?そんなにここから出たいのかよ?…でも駄目だな。テメーは俺がこの世で一番気に入らない女だ!!」
地面に伝わる振動。車の音だ。この様子だとここまで来るのにあと1分ってとこか。良いタイミングだ。
これなら案外行けるかもしれない。
レッドキャップスの連中も動き出した。ゆっくりと囲むように周りに散らばろうとする。
ーーーもう少し足止めが必要か。
「…アンタとりっちゃんの間に何があったかは知んないけど。…女に見放された男がその女に未練タラタラでこんな「復讐」のカタチをとるなんて、ちょっとカッコ悪くない?」
「…誰だ「貴様」!」
「ノーネームのルーキーだよ。要するに「スケープゴート」ってワケ。」
立ち上がりマントを剥ぐそこから現れたのは女性ではなく男性。
リーダーではなくRealだった。
「アンタが土下座させてくれたおかげで助かったよ。身長差が違うことでばれるのが一番のネックだったかんね。」
Realはレッドキャップスのヘッドを見やりそう不敵に微笑んで見せた。
2
解放日当日。明け方AM4時30分。
ツーは開門口から一番遠くにチームを形成している温厚派のチームリーダーと接触していた。
「車…ですか?」
「あぁ…。明日うちのリーダーの解放日でね。なんとか無事に出してやりたいんだ。今回の作戦にはどうしても車が欠かせない。」
「…わかりました。輸送用に使っている車があります。一応襲撃に備えて防護補強してあるものをお貸ししましょう。我々もノーネームのリーダーにはお世話になりましたから。しかし…こんな時間に、驚きましたよ。」
「…すいません。作戦の決定に時間がかかってしまって。」
解放日当日。明け方AM3時45分。
「車の手配って…ツーさんできる?」
「…車を所持しているチームは知っている。今から手配出来るかどうかはわからんが…なにか良い作戦でもあるのか?」
「う〜ん。良い作戦かどうかはわかんないけど…。俺の中では今んとこベストかな?ちなみにツーさんは運転は?」
「ウチのチームも所持していたことがあるからな。無免許でよければ運転できる。」
「…そういうジョーク、言える人だったんだね。」
しばしの沈黙。
「…はやく貴様のプランを話せ。」
耐えきれずにツーは先を即す。
「…まずりっちゃんはツーさんの運転する車に乗ってもらう。んでちょっと離れた安全で見通しのいい場所から開門時フラットに飛び込めるようにして。
んで、囮でその少し前から一人で門の前で待つ人間を置く。ベストはそこで何事もなく時間の経過を待てればだけど、きっとそうは行かないだろうなぁ…。」
「貴様が囮役を買って出るのか?危険だとわかっていて?」
「…だってりっちゃんに頼まれたのは俺とツーさんだけでしょ?俺は運転出来ないし。なんとかするつもりだけど、なんともなってなかったらツーさん任せになっちゃうけど。」
「…それは逃げるということか?」
再び、辺りを沈黙が支配する。
「…すまん。失言だったな。」
「なるべく頑張るんで。」
ツーはその時、始めてRealを認めたのだろう。Realも謝罪に答えるようにそう言葉を返した。
午前11時57分。
「ノーネームのルーキーだよ。要するに「スケープゴート」ってワケ。」
レッドキャップスのヘッドを見やりそう不敵に微笑むReal。
ーーー二人が来るまであと1分。なんとかなるかな?
「スケープゴートの意味をわかってんのか?オマエ。どのみちナギサもここへ来るしかないんだぜ?お前はただここで死ぬだけだ。なぁ?」
「…へぇ。結構頭いいのね。お宅。でも、ただで死んでやるほど殊勝な人間でもないんで。」
「…やれ。」
辺りをレッドキャップスが包囲する。そして一斉にRealへと襲いかかった。
3
「武器なしでこの人数相手する気かよ?バカが!テメーなんざ瞬殺にしてやんよ!」
「だから…そんな簡単に死んでやる程、殊勝な人間じゃないって…いったっしょ!!」
Realに一番最初に襲いかかって来たレッドキャップスの一人をそう言いながらいなす。
そしてRealはその男の腕を掴み関節に力を込めた。
ゴキッ。
鈍い音と共に男は武器を離しその場で踞る。
「…それに武器ならホラ…。」
そう言いながら男が持っていた鉄パイプを拾い上げ、蹲る男にふり降ろした。
「…一応、正当防衛だかんね。」
そう呟き身構えると、それが合図だったかのように再びレッドキャップスが一斉にRealに襲いかかる。
時間にして2分弱。
倒したレッドキャップスの人数は6人。
「…さすがにしんどいかも…。」
Realが表情一つ変えずに弱音めいた言葉を吐く。その時だ。
タイミングを見計らったように一台の車がRealとレッドキャップスの間を割って入るように飛び込んで来た。
リーダーを乗せたツーの車だ。
「…ナイスタイミング。ギリギリなんとかなったよ。」
ため息と共にそう言葉を吐くReal。
「あと1分を切っている!何とか間に合ったか!!?」
「時間的には、ちょっと早かったけど、俺の体力的にはギリギリセーフ。」
車の窓越しにそんなやり取りをするRealとツー。
「そいつに構うな!ターゲットは車の中の女だ!! 車を狙え!!」
レッドキャップスのヘッドが叫ぶ、それを合図に一気に残りのレットキャップスが襲いかかる。
車は装甲車だが…所詮は素人のお手製。限界がある。後一分凌ぐのがギャンブルじゃ、ここまで賭けた意味がない!
「やるっきゃないっしょ!」
鉄パイプを握りしめ車に群がる「血染めの悪魔」を散らす為に再びRealが立ちはだかる。
「Real!作戦変更だ。車の助手席の前側を守れ!」
武装したツーが車から飛び出しそう叫ぶと車の後方へ走りだした。
ーーーなるほどね。
心の中でそう呟き、車の前方に走り身構える。
南側は隔離壁。北側には装甲車。東側にツー、そして西をRealが守る。リーダーが助手席から出てきても周りは完全に包囲出来ている。とりあえずあと30秒くらいか?
この布陣なら襲ってくる人間も最小限だ…。行ける!
Realがそう思考を終え1人を倒したその時だった。
ピーッ、ピーッ、ピーッ、ピーッ、ピーッ、ピーッ…
隔離壁の開門口に鳴り響く電子音。
「IDを入力し、左手をボードに触れ、カメラを見て下さい。本人の照合を行います。」
続けざまに流れる録音された事務的な感情を持たない音声。
「リーダー!時間だ。」
ツーの言葉とほぼ同時にリーダーが助手席から飛び出す。
後は照合を待つだけだ。大丈夫だ!
ツーは確信するように、そう心で声を張り上げる。
リーダーは思いのほか落ち着いていた。何度もシュミレートしたかのように手早く、IDの入力を完了させる。
そして指紋照合を終え、カメラが本人を確認する。
「ID081718本人照合が完了しました。」
電子音と共に扉が開く。
「…ツー!Real!!…ありがとう!」
「いいからはやく行け!」
背中越しにツーがそう叫ぶ。
「…1年間、お疲れちゃん。」
Realも振り返りはせずひらひらと左手を振った。
二人をもう一瞬だけ目に焼き付け踵を返すリーダー。
隔離壁の門に片足がつく。
「出れた。」
リーダーは確かにそう呟いた。
パァンッ。
刹那響いたのは空に響く破裂音。
乾いたその音は壁に反響して少しだけ木霊を返した。
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